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2007.09.23

ノブレス オブリージュ

先週は夏休みで、火曜日から出勤だったわけだが、初日は研修だった。
社内研修ってやつで、主に氷河期世代を集めて、会社内での立ち位置と、そのポジションに対してどのように振る舞うべきか、という講義を受ける。

 まぁ、どの会社にもある社内研修なんだが、やっぱり出てきてしまった「ノブレス オブリージュ」という言葉。 講師曰く、日本には430万の企業があり、一部上場企業はそのうちの8%しかなく、そこに属している人間は、国内に置いても上位にある人間としての意識を持つべきだと。

 この言葉、最近の研修では当たり前の様に使われる言葉だ。 ホリエモンや、村上ファンドといった金さえあれば・・的な行動、キャノンや松下の工場に置ける偽装請負の話など原因は、会社は株主の物と言って株主の為にとにかく業績を上げる事が優先させるようになってきた。 そのために、法律にさえ触れなければ何をやっても良いという考え方が蔓延した。

その結果、現在の日本の状況が出来上がっているように思う。。 上記内容は法律に触れてしまっているわけだが、昔の日本であれば、法律に無くても、一般道徳、日本の社会においてのその企業のポジションなどを踏まえて、絶対にやらなかった事だったりするのかもしれない。 それが、今は平気でやってしまうようになってきたわけだ。

 その状況で、識者(かどうかはわからんが)はフランスのこの言葉を持ち出し、ビジネスの場として成熟したイギリス、アメリカと言った所ではどのように振る舞っているのかを語るようになった。(それ以前では俺は聞いたことない。知らなかっただけかもしれん。)

 この話しは、社会においてのノブレスオブリージュという話しだが、会社の内部、部門、グループ、チームに置いても同じはず。 世の中の物はすべて小さな物の組み合わせで出来ている故に、社会の縮図が身近なところにも出来上がる。 つまり、社内に置いてもノブレスオブリージュは生きてくる。 この場合は、"高貴なる"ではなく"力のある者(知識があるもの、権限を持っているもの)"だ。

仕事の場に置いても、その時々に置いて、方向性を決めたり、バランスを取らなければならない状況がよくあると思う。 その場合、この意識を持っていれば、適任である人が自ら動く、ところがほとんどの場合動かなかったりするわけだ。 率先して動く事が苦手な人が多いという国民性もあるが、結局のところ、こういう意識が欠けているってことなんだな。

自分の表現ではよく「マクロの目とミクロの目を持って行動するべき」と言う(書いた事あったっけか・・)。 自分のポジションを認識し、やるべき事は何かを把握し、行動しろってことだよね。 これをノブレスオブリージュだというと、ちょっとレベルが全然違うわけだが、感覚としてはこういう事。

このような意識の持ち方というのは、教えるのは難しいし、教えてからといってすぐ身に付くものでもない。今まで育ってきた環境に依存する部分が大きいということもあると思う。

社内でもこういう行動を取れる人は少ない。潜在的に理解していてもる人も実行しないという人も多いだろうな。 逆に、知識が無いのに俺が俺がと動いちゃって、めちゃくちゃになってるケースが多いな(笑)。KYな人々だ。。

 では、なぜ理解している人はやらないか。なぜ、こういう意識で行動しないか、できないか。ってことなんだが・・・、ここからが本題なわけだ(笑)。

 社会や、会社って言うのは組織の中に組織がある階層構造になっており、各階層に置いてそれぞれ権限を握っている人が存在する。 それは政治家だったり、社長だったり、部長、課長、係長だったりする。 その人達が、この意識を持っているならば、その下に属する人達もこういう意識で行動できるだろう。

ところが、バブル世代を経験した人達っていうのはこういう意識が欠けた人が多いんだ。 しかももう頭が硬くなっちゃっているから、教えたところで理解できない。

その結果、こういう意識が組織の受けからしたまでは浸透せず、組織を上からたどって、こういう意識を持てない人が一人でもいた時点で、そこから下はだめってことになってしまう。

日本の政治も、会社もこうなってしまっているんだと思う。 社会保険庁の年金問題もおそらくそう。 どこかの階層に、年金を管理する事に対する社会においての義務感が欠けた人がいるわけ。 それより下の階層の者は、よほど意志と意識が強くない限り、上と同じ意識下で動く。

そりゃそうでしょ?。上と同じ意識下で動かない限り、回らなくなる。 仮に、途中の(中間管理職など)人が高い意識で動き、そこから下の人にも同じ行動を取ってもらうように行動した時、その途中の人はものすごいエネルギーを消費する。 結果、鬱で退社。左遷でどこかに飛ばされてしまう。 そりゃノブレスオブリージュなんていってる場合じゃない。

 なんで、こんな事を書いているかって言うと、社内研修の講義で質問タイムがなかったんだ・・。 「中間がやばいことになってる場合どうすれば?。」って質問が出来なかったんだ・・。 その質問の意図は、先述したように、上がそういう意識を持っていない限り、下が持ったところで負担になるだけ、もしくは無駄になるだけだろ?。ってことだ。 まぁ、なんだ・・・、その俺的には消化不良なわけ。

 この、途中に意識レベルの低い人が存在するという状況において、自分の立ち位置と役割を考えると・・。 氷河期世代の人達は、ただ奴隷のごとく、ロボットのごとく働くしか無いというポジションという人も多いのではないかな?。

俺もそう。部署がDQNだから俺の行動もDQN。 ただやるだけ。社会に対する影響は考えない。 改善提案なんかしないよ、どうせ聞かないんだし。DQN意識下で理解できる話ししかしない。

 社会全体や、会社全体がこういう意識を持てるようにするには、教える事ではなく、自然に覚える仕組みにすること。 そうならないと、日本も会社もよくならんよな・・・。

社会保険庁の話しもそうだけど、見せしめに刑事告訴って話しじゃなくて、そこから1歩先に進んで、こういう仕組みだったからこうなってしまった。 だったらこうすればって話に持ってかないと、また同じ事が起きると思う。 しがらみは一杯あるんだろうけどねぇ。

 そうはいっても、自分の力で良い方向に変えられるわけでもなし、このままDQN行動を取り続けるのもむなしい。。 とりあえず中間に居るDQNが消えるのを待つしかないなぁ・・。

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